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乳幼児の交通事故は母親の責任?子供を事故から守るためにママたちができること

乳幼児の交通事故は母親の責任?子供を事故から守るためにママたちができること

また「小さな子供が車に跳ねられて死亡」した。

こんな悲しいニュースに、同じ小さな子供の親である自分のような人だけでなく、多くの人の心が苦しくなります。

 

こんな時、こんな疑問が湧いてきます。

 

本当に悪いのは誰なのか?

この悲しい事件は防ぐことができたのではないか?

 

亡くなった1歳の男の子は、可愛い盛りの息子を失った現場にいた母親は、この子の父親は、

この子を轢いてしまった運転手は、

ただ「不運」だったのか?

 

誰かの誤った行動が起こした、起こるべくして起こった事件なのか?

 

小さな子供の母親であり、日常的に車を運転する身である自分としては、

とてもただの他人事とは思えません。

 

小さな子供の母親として、自分は何を学ぶのか、

日常的に車を運転する自分としては、何を学ぶのか、

自分が同じ悲劇を起こさないために

 

ニュースを知って、亡くなった男の子の冥福を祈るとともに、

この事件を他人事と考えず、明日は我が身と思ってちょっと立ち止まって深く考えてみることにしました。

 

私と同じように、

小さな子供の親や、車を運転する人で、このニュースに心を痛めた方が、

自分の身にこのような悲劇を起こさないために、

どこかまた別の場所で、このような悲劇が繰り返されないために、

一緒に考えてみませんか?

事件の概要

25日夕方、愛知・名古屋市の路上で、母親の後ろを歩いていた1歳の男の子が車にはねられ死亡した。

 

警察によると、湊之祐ちゃんは自宅に向かって、
母親の後ろを歩いていたところ、駐車場から出てきた車に、後ろからはねられたという。

 

警察は、乗用車を運転していた会社員・今西十力容疑者(23)を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕した。

調べに対し、

今西容疑者は、「はねたことは間違いありません」と供述していて、

警察は、くわしい事故の状況を調べている。

ーFNNプライムより

11月25日、もうすぐ2018年の終わりも見えてきた頃、

新しく迎える2019年に想いを馳せ始めるような、

クリスマスやお正月、冬の楽しみに心を弾ませるような、

こんな時期に起きた悲しすぎる事件でした。

 

1歳11か月の男の子、細江湊之祐(そうのすけ)ちゃんを跳ねた、車の運転手はすでに、逮捕され、容疑を認めています。

 

被害者と加害者が明確で、

警察が調べている「事故の詳しい状況」も、

事件はどんな条件で、どのようにして起こったのか、を報告書を書くために調べているので、

おそらくこの事件がこれ以降、世間で取り上げられることさえないかもしれません。

 

世間的には、警察の報告書が済めば、

事件は解決として、過去の1つとして、多くの事件同様、埋もれて、忘れされられるのかもしれません。

でも、このニュースに心を痛めたあなたが、

私と同様に、この事件の被害者となった小さな子供の親、加害者の運転手となり得る可能性があるのであれば

少し私と一緒に立ち止まって、

心に感じた痛みと共に、同じ悲しい事件が自らの身に起こらないように

少し考えてみませんか?

 

もし、自分がその立場だったら、どうしたか?どうすべきだったか?

 

悪いのは不注意な運転手?それとも母親?

小さな子供が交通事故の被害者となった事故のニュースを受けて、

よく話題になるのが、

「不注意な運転手が悪い!」

「小さな子供の母親として自覚&責任がない母親が悪い!」

という、誰が悪いのか問題。

 

今回もこの悲しいニュースについて、世間の声はどちらもありました。

無責任な母親が悪い!派の意見

うちにも歩きたくて仕方のない1歳児がいますが、
日中のお散歩でも、自分の後ろを歩かせることはありません。

手を繋ぐか、親が背後にくっついています。

しかも今の時期(11月末)で18時といったらもう暗い。
加害者から見えなかった可能性もあるし、家までなんて長い距離ではないのだから、
荷物があったとしても抱っこで帰るべきでしたね。

油断してたのだと思います。
まだまだこれからかわいい時期。亡くなってしまったお子さんもご両親も可哀想でなりません。

 

子育て世代、子育て経験者を中心に、

「1歳の子供が、母親の後ろを歩いていた」という点で、一緒にいた母親が悪い!

という声がかなり上がっています。

 

母親の子供の監督責任の欠如を避難する声では、

小さな子供が母親の後ろを歩くことが危険な理由として、具体的にこんな点が危ない!と指摘されています。

 

1歳なんて、ただでさえ転んでアスファルトで顔打ったりしてケガするのに。「少しなら…」のちょっとした隙が悲劇を生む

車道でなく歩道であっても、後ろから来る自転車と衝突する危険性があったりする」

「場所の映像見る限りでは、車通りがあるわりには、道幅は狭く横並びで手をつないで歩くには無理がありそうだった。お母さんの後ろを歩いていたのは一列じゃないといけなかったんだろうなぁ。手を繋げないなら抱っこじゃないと危なすぎる

せめて自分の前を歩かせた方が良かった。」

 暗くて、大人は見えても、(1歳の低い身長)そんな低い位置(は)車からは見えない。子供が 小学高の中学年くらいまでは どんな危険があるかわからないので 気をつけてもらいたい

抱っこも手を繋ぐもできない状況も、時にはあるのも事実だけど、できないじゃなくてしなかった感が否めない。」

「悲しいことに、ご自分のお子さんをご自宅でひいてしまう事もある世の中、家に、入るまでは目を離せないな」

「お母さん買い物帰りの荷物もってて、他の子もいたかもしれないし、車から玄関の間なら、手をつながずに歩かせることくらいあるのでは。一才児から片時も目も手も離さず生活するって不可能に近いと思う。なんにせよ親御さんは目を離してしまったことを死ぬほど後悔してるだろうし、轢いてしまった運転手もかわいそう。」

 

色んな指摘がありますが、主に危険なポイントは4つです。

・1歳など小さな子供は身体の筋肉もまだまだ未発達、自分の身体のコントロール能力も低く、注意も散漫

・車道でなく、歩道であっても、急な飛び出しや歩道を走る自転車との事故の危険性などがある

・日没など暗く視界が悪くなると危険度が上がる

車の運転手から、身長の低い子供は見えない危険性がある

 

この4つの危険なポイントを考えると、

未熟な子供との外出では、

親が、子供と手を繋ぐ、抱っこする、ベビーカーに乗せるなど、

万が一の時、とっさに親が守ってあげられる環境に常に子供を置いておくことは、

子育て世代でなくても常識です。

 

同じ子育て世代からは、身を引き締めなおしたと、実体験を含めたこんな悲痛な本音上がっています。

子供が2歳ぐらいの頃、歩道でしたが手を離して歩いてた
市役所に入ってくる車が曲がってきて徐行されて、慌てて子供を抱きかかえました。

少し育児にしんどさを感じていた時でした。

そのあと、車を止めたおばあさんに近い年配の女性が、
手を握ってないと危ないじゃないの!
と注意に来られました。

私は素直に謝りました。

こんな可愛い子、手を離して何かあったらどうするの?
と言われた時、反省しました。

しんどさを感じてた自分が恥ずかしくなりました。

世間では、母親は「いつも最低限完璧な母親」でいることが当たり前だとされています。

母親自身もまた「母親とは、いつも最低限完璧な母親でいるべきだ」と思っています。

 

でも、現実の子育ては、幸せなことばかりでなく、

どんなに可愛い我が子でも、愛情がなくなったわけでも全くなくても、

「母親であることが辛い」ことだってあるし、

ほんの少しの物理的な子供との距離が心を落ち着かせることだってあったり、

母親自身が注意散漫、危険察知能力を失っていることもあります。

 

本当は母親がそんな状態になる前に、

父親や周りの人が手を差し伸べてあげられたり、

母親本人が助けを求める場所があったりすればいいんですけど、

核家族が多く、人間関係が希薄になりがちな現代社会に於いて、

必ず理想的な状態でばかりはいれないのが現実。

 

「反面教師」というと、

実際に事故で亡くなった男の子、愛息子を亡くされたご両親に大変失礼かと思いますが、

それでも、ニュースで知ったこの悲しい事件に、

子育てで疲弊していた心も、今一度ちょっとハッと気づかせて、

自らの身を引き締めることは、必要なことだと思います。

 

もしかして、自分は子育てに疲れてる?

子供への注意が散漫になったり、危険察知能力が低下するほどに?

そんな不安がある時は、ご夫婦でゆっくり話す機会を設けたり、

心許せる誰かに、不安な気持ちや辛い気持ちを打ち明けて、まず、ママ自身の心のケアをして、

大切なお子様を危険から守れるようにする必要があります。

 

心を許せる誰かって難しいですよね。

友人やママ友、実母や兄弟姉妹、市役所の子育て相談、保育園の先生、コールセンター、

選択肢は本当は沢山あるのですが、心の辛さが溜まれば溜まるほどそれが難しい。

でも、大切な子供を守るために、ママ自身の心のケアは絶対必要です。

 

この事件に於いて、

一緒にいた母親の後ろを歩いていた幼い子供が、

もし母親と手を繋いでいたら、抱っこされていたら、ベビーカーに乗っていたら、

この事件は防げたかもしれません。

 

(あくまでも可能性で、必ず事故が防げたとは言いませんが)

 

子育ての辛さや母親のその瞬間の事情など色々あっても、

やっぱり小さな子供との外出時は、万一の場合に親が子供を守れるように、

手を繋ぐ、抱っこする、ベビーカーに乗せるということは、最低限徹底したい

と改めて感じました。

不注意&ルールを守っていない運転手が悪い!派の意見

この事件の加害者、今西十力容疑者は、23歳。

18歳で免許を取ったと仮定して約5年。

大学中に免許を取ったとしても1年未満~4年ほどの浅い運転歴だと想像できます。

事故があった名古屋市千種区は、名古屋市を構成する16区のうちの1つで、人口は16万人以上、各種商業施設があり、大学が6校、小中学校・高校・専門学校などが多数あるいわゆる「都会」です。

 

事故現場は、

狭い道ながら、双方向に車が走る二車線道路で、道路の広さの割に交通量が多い印象がある、

と近所に住む方が語っています。

 

そんな道路ですが、事故があった場所は、

歩道が片側にしかなく、1歳の男の子が轢かれたところは、まさに歩道のない方を歩いていました

 

駐車場から出て行くのに、徐行しない車も悪いよ。ましてや、歩道があるのに。

 

この事件が傷害事件ではなく、死亡事故であることから、

道路交通法上は100%運転手の前方不注意による過失ですが、

駐車場から道路に出るにあたって、スピードを出し過ぎていたのではないか?という疑問の声もありました。

 

もし、運転手が十分に注意を払って、

小さな子供を含む歩行者などが歩道のない側の道路脇を歩いている可能性を考慮して、

徐行していれば、

例え小さな子供で視界に入りにくかったとしても、

親の後ろを歩いているという予想外の状況だったとしても、

男の子が怪我をしたとしても、死亡までは無かったのではないか?

と考えられなくもありません。

 

同じように、容疑者である運転手の不注意を指摘する声にはこんなものがありました。

駐車場は要注意。走るのも危険。」

「こんな事があるから車は余程の注意をしながら走らないと。」

人のそばを通る時に安全な距離を取れない時は速度を落とすって、車校でそう指導されたよ」

 

運転手の運転にはココが欠けていたのでは?という指摘ポイント2つ

歩行者と車が交差する場(今回の事件現場のような道路や駐車場内など)では、万が一対応ができるほどに速度を落とすべき

・小さな子供など、予想外の行動を急にとることがある歩行者の可能性がある場所では、運転手側が余程の注意をするしかない

 

もしこの事件の運転手の男性が、

もっと歩行者に注意を払い、しっかり徐行をしていたら

男の子は仮に怪我をしたとしても、命まで失うことはなかったかもしれません。

 

(あくまでも可能性で、必ず事故が防げたとは言いませんが)

 

事故の加害者側にも責任があるとしても、

車という人を殺すこともできる凶器を操る運転手は、

運転手側が相手だけでなく自分を守るためにも、

より一層の注意をして

歩行者との交差があるような場所では、

徐行するなど、万が一の緊急対応ができる運転を心掛ける必要がある

と改めて感じました。

まとめ:
日没後の狭い路地で「母の後ろ歩いていた1歳男児、はねられ死亡」した事件で
悪いのは不注意な運転手?それとも母親?


AdinaVoicu / Pixabay

被害者となったのが、わずか1歳の男の子だったこと、

狭いながら両方向に車が行きかい、比較的交通量の多い道路で、

11月末の日没後の薄暗い中、

一緒にいた母親が、子供を自分の後ろを歩かせていた時に起きた事件であることから、

母親の親としての無責任さにより多くの批判が集まっています。

 

母親と子供の詳細の状況が発表されていないことから、

一般的論から、状況を推測する限りでは、

母親が、子供の手を引く、抱っこする、ベビーカーに乗せる、

せめて自分の前を歩かせて全神経を子供に向けている状態であったならば、

防げた事故だったのではないのか?

という疑問が、子育て世代を中心に湧いています。

 

ニュースを聞いて、やりきれない、と心を痛め、行き場のない憤りを感じる人が多く、

その憤りからか、

容疑者で、子供を轢いた事実を認めているとはいえ、

容疑者の運転手は、23歳と若く、

今後の人生でずっと小さな子供を殺害したという重荷を背負って生きていくことに

同情する声も上がっていますが、

 

冷静に、

予想外の行動を取ったり、視界に入りにくい小さな子供を含む歩行者と交差する危険な場所では、

より一層の注意を払って、万が一の対応ができるほどにスピードを落として徐行する、

という凶器となりうる車を運転する者としての注意や配慮のある運転が欠けていたのではないか、

という運転手に対する非難と疑問の声も上がっています。

 

この事件、運転手と母親、どちらかだけが悪かったとは言えない事件で、

運転手も母親もどちらもが

もう少し危険の可能性を意識して、注意を払った行動を取っていれば

湊之祐(そうのすけ)ちゃんの尊い命は失われずに済んでいたかもしれません。

 

そして、

私たち、車を運転するすべてのドライバーが、加害者になるかもしれない可能性

私たち、小さな子供をもつ全ての親が、大切な我が子を被害者にするかもしれない可能性

があることを、

今一度心に刻んで、これからの自分の行動をもう一度見直す必要がある、

そう思います。

 

少なくとも私は、今日から身を引き締めてより一層の注意をはかるようにすることを誓います。

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